坊さんが自分なりに宗教目線でロイヤルウェディングを考察 坊さんのどうでもいい雑学

ちょっと関心が無かったのですが、先日のロイヤルウェディングが盛り上がってるので便乗して書いてみます。

 

みなさんキリスト教徒の結婚式の誓いは誰に誓ってるか分かってますか?

「え?新郎新婦同士が誓い合うんじゃないの?」

 

では見ていきましょう。

 

イングランド国教会とは

今回ヘンリー王子の結婚ということでウインザー城内の聖ジョージ礼拝堂で行われています。(ウィリアム王子はロンドンのウェストミンスター寺院で行いました。)

 

どちらもイングランド国教会と言って「聖公会(派)」に属しています。

 

みなさんキリスト教というと「カトリック」「プロテスタント」の2つと後は「ギリシャ正教」「ロシア正教」などはご存知と思います。

私も少し前まで「聖公会プロテスタント」と思っていましたが違うようです。

 

また、アメリカの方に「あなたはプロテスタントですか?」といきなり聞くと相手はびっくりするようです。元々の意味は《反抗する者・抗議者》の意味ですので反政府運動者の意味と取られる事があるようです。

 

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BBCホームページからお借りしました。

 

まず、聖公会というのは自らをカトリックプロテスタントの中間と自認しています。

また国家ごとに独立して自治を行っています。アメリカにも「米国聖公会」があります。これはアメリカがイギリスから独立した時に一緒に独立したもので別組織になります。

 

元々イングランドローマ教皇(法王)を代表とするカトリックの信者でした。

しかし16世紀テューダー朝ヘンリー8世の時に離婚・再婚の問題で教皇のクレメンス7世と対立した為、カトリックから離れて独立しました。

 

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ヘンリー8世

ヘンリー8世 (イングランド王) - Wikipedia

 

これは元々カトリックでは婚姻を「秘跡」として離婚することは出来ないとしてきた事から来ています。

つまり「婚姻の誓い」とは人間同士の「誓い」ではなく教会を証人とした「神との契約」だからです。

「神」との誓いだから無効には出来ないと考えるのです。

 

このため「婚姻の無効(離婚)」を認められない教皇と対立、離脱しました。

 

聖公会の成立

ヘンリー8世イングランド国教会聖公会)を設立し新たな教会を組織しました。後継のエドワード6世は当時、支持を集め始めたプロテスタント運動に影響されて宗教改革を進めます。(イングランド宗教改革

 

その後 カトリックローマ教皇から離れたイングランド国王はイングランドの教会のトップに君臨するという異常事態となりました。

 

中世カトリック教会の権威の巨大化

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フランク王国カール大帝戴冠式

 

中世ヨーロッパで国王が戴冠する場合必ず「ローマ教皇」から冠を授けられています。

つまり国王より「ローマ教皇」の方が権威が上とされていました。

また、教会は十分の一税として世俗的権威とは別に税金を取っていた為にとても力を持っていました。

 

現代に残るヨーロッパの巨大な教会の建物を見ると教会の巨大な権力を思わずにはいられません。

 

十分の一税 - Wikipedia

 

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ナポレオン一世の戴冠式

 

こちらはナポレオン一世の戴冠式です。ナポレオン一世は自分で自分に冠を授けました。教皇の権威に反発したナポレオンは絵のように自分で王妃に冠を授けています。

元々、冠を授ける資格は「ローマ教皇」にしかありませんでした。

 

カトリックの総本山としてローマ教皇は巨大な権力としてヨーロッパに君臨していました。

 

ちなみに今回ヘンリー王子のお相手のメーガン妃もイングランド国教会に「改宗」しています。

 

まとめ

この後、イングランド教会はカトリックの儀式を残しつつローマ教皇に距離を持ったまま「典礼・祈祷書」の翻訳を行いプロテスタント的な改革を進めました。

中世キリスト教の聖書はラテン語ギリシャ語で書かれていて一般人には読めなかった物なのは今までにも度々触れています。

 

また一般人に聖書が読めない方が教会に取って都合のいいものでした。

 

 

日本人には分かりにくいのですが、キリスト教国で「結婚 」とは神に誓うものです。

カトリックの人が誰かに助けてもらったりすると感謝の対象は「神」になります。人には感謝しません。「神様のおかげ」と考えます。これは日本人には分かりにくいのですが「神があらかじめ予定していてくれた為」に良いことが起きたと考えます。

このような考え方を「予定説」といいます。

 

 この為日本人はキリスト教徒を「変わっている」と感じてしまいます。

この事を理解してあげて欲しいと思います。

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。